NEETというのは、多くの人が考えているのとは逆に、「合理的に思考する人たち」なのである。
彼らの世界は「意味のあること」に満たされていなければならず、彼らが他者ととりむすぶ関係は「等価交換」に限られている。
適正な支出に対する適正な(あるいは支出を超える)リターン。
それ以外の取引形態を彼らは望まないし、そのような取引をする人間の「動機」を想像することができない。
「今は特に学びたいことも、やりたい仕事もない。
家にいれば、とりあえず雨露はしのげて、ご飯は食べられる。
親が生きている限りは、この状態がキープできる見通しである。
親が死んだら、そのときに状況を勘案しつつ、オプティマルな対応策を立案すればよい。」
きわめて合理的である。
ほとんど「ビジネスライク」と言ってもいい。
そりゃ意味もなく会社の奴隷にはなりたくありませんよね
以前は仕事することに意義があったんでしょうが
薄給で年功序列や終身雇用もなくなった会社に
生活費を稼ぐ以外の意味はなくなってしまいましたよ
おまけ
NEETについてのゼミ発表のあとにレポートを書いてもらった。。
15名のゼミ生のほとんど全員が実にきっぱりと「仕事というのは賃金を得るためのものではなく、仕事を通じて他者からの社会的承認を得るためのものである」という見解を述べていたので、びっくり。
一昔前なら、「できるだけ楽をして高い給料をもらいたい」とか「サービス残業とかバカみたい」とか「過労死するサラリーマンなんか信じられない」というクールな回答がマジョリティを占めたであろうが、いまどきの女学院生たちはバイト先の「店長」や「正社員の同僚」たちがどれほどよく働いているのか、身近によくご存じであり、その姿に素直な「敬意」を抱いておられるのである。
よいことである
先生!レポートに、「できるだけ楽をして高い給料をもらいたい」とか「サービス残業とかバカみたい」とか「過労死するサラリーマンなんか信じられない」なんて書く人はいないと思うのですが・・?(笑


